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大阪高等裁判所 昭和47年(く)39号 決定

被疑者

有村教範

右の者に対する特別公務員暴行陵虐致死付審判請求事件について、昭和四七年五月二三日同被疑者の弁護人道工隆三、同井上隆晴、同田原睦夫からなされた大阪地方裁判所第七刑事部裁判官石松竹雄、同野口頼夫、同永井ユタカに対する忌避の申立につき、同年六月二日同裁判所第二刑事部がなした却下決定に対し、右弁護人三名から即時抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件即時抗告を棄却する。

理由

本件即時抗告の申立理由は、被疑者の弁護人道工隆三、同井上隆晴、同田原睦夫共同作成の即時抗告の申立と題する書面記載のとおりであるが、その理由として掲げるところの要旨は、原決定は、忌避の理由である「不公平な裁判をする虞がある」というのは、裁判官と具体的な事件または当事者との間に除斥の場合に準ずるような特殊な事情がある場合にかぎられるものとし、裁判官が違法不当な審理方式をとつたとしても、何らかの事情によつて、すでに事件または当事者について予断偏見をもつているためにその行為にでたことが明らかに看取される場合でなければ忌避理由にあたらない、としているが、忌避理由をそのように限定すべき根拠はなく、広く不公平な裁判をする虞があると疑わしめる客観的な事由があれば忌避理由となると解すべきである。また、原決定は、付審判請求事件の審理方式の違法については上訴その他の不服申立方法によつて救済を求めるべきであるとするが、審理方式の違法については直接その是正を求める方法は忌避の申立以外に現行法上見当らない。憲法三一条の適正手続の保障は付審判請求事件の被疑者にも充分与えられるべきであるから、右審理方式の違法は忌避の理由となしうるものと解すべきである。

いうまでもなく付審判請求事件の審理は、公訴提起の前の段階のいわゆる捜査の性格をもつ手続であつて、最終的に事実の黒白をつける公判手続ではなく、起訴の当否を判断するに過ぎないものである。したがつて、捜査の基本原則である捜査の秘密、密行が同様に遵守されなければならない。それは被疑者等の名誉、人権を保護するためと、捜査を効果的に行ないその公正さを保つため、すなわち通謀による湮滅、作出を防ぎ公正な資料に基づく判断を可能ならしめるため、当然に要請されるものである。

しかるに、大阪地方裁判所第七刑事部裁判官石松竹雄、同野口頼夫、同永井ユタカ(以下本件合議部裁判官という)が冒頭掲記の付審判請求事件(以下本件付審判請求事件という)、について示した審理方式は、被疑者等の名誉を害してまで捜査記録を閲覧謄写せしめ、公判手続においてなされることを先取りする如き証拠の申請を認め、しかもそのうえ、関係人を一告訴人告発人にすぎない請求人の一方的な立会質問を委ねて、いわば人民裁判的に判断資料を得んとするものであるから、前記捜査の密行の原則に反し、付審判請求事件の審理方式として許された裁量の範囲を逸脱する違法なものであり、憲法三一条、三二条にも違反するものである。しかして右の違法は本件付審判請求事件の審理手続の基本、根幹に関するものであつて、本件合議部裁判官がそのような審理方式により審理しようとすること自体が、その主観的意図はともかく、客観的にみて不公平な裁判をする虞のある場合に該当するものといわねばならない、というのである。

よつて、本件記録ならびに本件付審判請求事件記録を精査して案ずるに、まず、本件合議部裁判官が提出した意見書によると、本件付審判請求事件の審理に際し、同合議部裁判官は、付審判請求人の代理人および被疑者の弁護人に対し大要別紙記載(但し、六項に五項後段とあるのは四項後段の誤記であることが明らかである。)のような審理方式(以下本件審理方式という)を示したことが認められる。

そこで、本件付審判請求事件の審理にあたり本件審理方式を採用することの適否ないし当否について検討するに、付審判請求は、現行刑事訴訟法によつてはじめておかれた制度であるが、同法は付審判請求事件の審理手続については同法二六五条、刑事訴訟規則一七三条のほかには規定をおいていないので、同制度全体の構造、性格等に照して、右審理手続のあり方を決するより方法がない訳である。そこで同制度の概要をみると、特定の犯罪について告訴、告発をした者は、検察官のなした不起訴処分に不服があるときは、管轄地方裁判所に事件を審判に付することを請求することができる(同法二六二条一項)。検察官は右請求を理由があると認めるときは、公訴を提起しなければならない(同法二六四条)が、請求を理由がないものと認めるときは、意見書を添えて書類および証拠物とともに裁判所に送付しなければならない(刑事訴訟規則一七一条)。裁判所はこれらの資料によるのほか、必要があるときは独自に事実の取調をすることができ(同法二六五条二項)、それらに基づいて請求の理由の有無を判断し、理由ありと認めたときは事件を審判に付する旨の決定をし(同法二六六条二号)、その決定があつたときは公訴の提起があつたものとみなされる(同法二六七条)。その場合事件の記録および証拠物は公訴の維持にあたる弁護士に送付され(同規則一七五条)、当該弁護士は事件について公訴を維持するため検察官の職務を行なう(同法二六八条二項)というのである。以上のような付審判請求の制度の構造、性格等に照して考察すると、付審判請求の制度は検察官の不起訴処分の当否に対する審査を裁判所に委ねたものということができるが、他方、付審判請求事件における裁判所の審理が、実質的には公訴提起の前段階として行なわれる捜査と極めて類似した性格を有するものであることも疑いのないところである。そして、このような付審判請求事件の審理の実質的性格にかんがみると、公訴の提起によつて両当事者が対立する本来の訴訟関係を前提とする諸規定、ことに訴訟関係人の訴訟に関する書類および証拠物の閲覧謄写権(同法四〇条、二七〇条)、当事者の証拠申請権(同法二九八条)、立会権、尋問権(同法一五七条)に関する規定の適用ないし準用はないものと解するのが相当であり、また審理に際しては被疑者その他の者の名誉を害しないように注意し、公正な証拠の収集につとめなければならないものであることはいうまでもないところである。しかしながら、以上は付審判請求事件の関係人に、記録等の閲覧謄写、証拠申請、証拠調における立会、尋問が権利としては認められないというだけであつて、裁判所が審理の実情に則し必要に応じて適宜それらを事件関係人に許すことまでも禁止するものではなく如何なる関係人に如何なる範囲でこれを許すかは、もつぱら裁判所の自由裁量に委ねられているものということができる。ただ、裁判所としてもそれらを事件関係人に許すに際しては、被疑者の名誉を害したことおよび公正な証拠の収集につき十分配慮しなければならないのである。

これを、本件審理方式についてみるに、その概略は、請求人の代理人および被疑者の弁護人の双方にそれぞれ記録等の閲覧謄写を許すが、いずれももつぱら本件付審判請求事件のためのみに利用し、これを外部に発表してはならない。請求人(その代理人を含む)および被疑者の弁護人に職権発動を促す意味での証拠申請を許し、それらの申請にかかる証人等の尋問、被疑者の取調には、それぞれ申請人(但し、弁護人申請のものについては被疑者も含む)の立会、質問を許す。但し、被疑者側の立証は請求人側の立証が終了した後に行なう。というものであつて、本件合議部裁判官が右記録等の閲覧謄写、証拠申請、証拠調の立会、質問を当然の権利として認めたものでなく、裁判所の裁量によつて許可したものであることは、その内容に徴して明らかなところである。しかして、以上の審理方式によると記録等の閲覧謄写は、いずれも弁護士である請求人の代理人(付審判の請求は弁護士を代理人としてすることができる、最高裁判所決定、昭和二四年四月六日、刑集三巻四六九頁参照)および被疑者の弁護人にかぎりこれを許されており、かつ、これを外部に一切発表してはならないものとされており、弁護士には弁護士法により秘密保持の義務(同法二三条)およびその違反に対する制裁(同法五六条)が規定されていること、同法一条所定の弁護士の使命をもあわせ考えると、記録等の閲覧謄写により被疑者その他事件の関係者の名誉を害する虞は、ほとんどないものと認められ、また証人等の尋問および被疑者の取調に請求人および代理人の立会、質問を許している点は、それが行なわれる法廷内においてはそれが裁判所の主宰のもとに行なわれるのであるから、被疑者等の名誉の保護については十分な配慮が期待できるところであるが、それが行なわれた後にその結果が公表されることによつて被疑者等の名誉が害される虞が全くないわけではないけれども、その程度のことは真実の発見の要請のためには譲歩を余儀なくされてもやむを得ないものと考えられる。さらに、被疑者の弁護人には捜査記録および請求人の申請にかかる事実取調に関する調書の閲覧謄写も原則として許されているほか、右の事実取調が全部終了後には職権の発動を促す意味での証拠の申請をすることができ、そのうえ被疑者およびその弁護人には弁護人申請にかかる証人等の尋問および被疑者の取調に立会い質問をすることが許されており、被疑者の防禦権も十分に保障されているのであるから、本件審理方式が請求人側に一方的に偏して歪められた証拠資料を収集することのないよう十分な配慮をしていることも明らかである。

以上検討したところによつて明らかな如く、本件合議部裁判官が本件付審判請求事件の審理に際し、一律に記録等の閲覧謄写を許したり、証人等の尋問および被疑者の取調に立会い質問をすることを許すといういわゆる当事者公開主義的審理方式をとつていることは異例ともいうべき措置であるけれども、その示した本件審理方式が違法であるとか、あるいは許された裁量の範囲を著しく逸脱したものであるとまでいうことはできず、所論の如く憲法三一条ないし三二条に違反するといえないことはもちろんである。

そこで、進んで本件合議部裁判官が本件審判請求事件の審理に際し本件審理方式を採用したことが、忌避の理由に該当するか否かについて審究するに、そもそも忌避の制度は、特定の具体事件に関しその審理を担当する裁判官について、除斥原因があるときのほか、除斥原因に準ずるような客観的事情、すなわち特定の裁判官と具体的事件または当事者との関係において、客観的に公平な裁判を期待しえないような人的、物的に特殊な関係が存在し、これによつて右裁判官の不公平な裁判をする虞があると疑わしめる合理的な理由がある場合に、当事者の申立に基づきその裁判官を職務の執行から排除し、裁判所の構成という面から裁判の公正を担保しようとするものであることは多言を要しないところである。そして以上の制度の趣旨にかんがみると、審理に先立つて訴訟関係人に示された審理方針や訴訟の進行に応じてなされる裁判官の訴訟指揮など審理に関する裁判官の個々の行為ないし処分が当事者の意に満たない点がある場合の如きはもとより、たとえそれらに瑕疵があつたとしても、それは本件上訴その他の不服申立の制度(付審判請求事件については、所論の如く付審判決定自体には独立に不服申立が許されないのであるが、その後の判決を目標とする訴訟手続において争う余地が十分に残されている)によつて救済されるべきものであり、原則として忌避制度に親しまないものといわなければならない。しかしながら、なお、極めて例外的にではあるが、裁判官の前記の如き個々の行為ないし処分が、その裁量権の範囲を不当に著しくこえてなされたときには、場合により、それが裁判官の事件または当事者に対する予断偏見に基づくものと認められることがありうるのであり、このような場合には、裁判官の裁量権の不当な行使が即ち不公平な裁判をする虞があるときには該当するのである。

以上のような忌避制度に対する観点から、これを本件についてみると、本件合議部裁判官が事案の真相を明らかにし公正な決定をするためには、いかにすべきかを考慮した末採用した審理方式であることが十分窺われ、右の方式を採用したことをもつて違法ないし裁量の範囲を著しく逸脱したものと認められないことはすでに述べたとおりであり、したがつて本件合議部裁判官が本件審理方式を採用したそのことが同裁判官の事件または当事者に対する予断偏見に基づくものと認められないことはいうまでもなく、その他所論にかんがみ関係記録を精査しても本件合議部裁判官が付審判請求事件または本件被疑者に対して予断偏見をいだいていることを窺わせるような事情はこれを発見することができず、結局本件忌避の申立は理由がないものといわなければならない。

してみると、本件忌避の申立を却下した原決定は相当であつて、本件即時抗告の申立は理由がないので、刑事訴訟法四二六条一項後段により主文のとおり決定する。

(杉田亮造 矢島好信 松井薫)

別紙略

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